―萬正


萬正という居酒屋がある。京都堀川御池を東に200mほど入ると、右手にある居酒屋だ。外見は至って平凡な居酒屋だ。入って左手には宴会場があり、右手には一般客が座る座敷がある。座席は8人がけの座敷が8つほどある。居酒屋としてはまあまあ広い方だ。


だが、萬正を侮ってはならない。萬正は戦場なのである。戦場と言っても人が死なないようなPKOではない。第一次世界大戦のベルダンである。第二次世界大戦硫黄島であり、サイパンである。そうした戦場を激戦地、決戦場という。まさに、萬正はフードファイターの決戦場なのだ。


何よりも三千円で飲み放題食べ放題である。この居酒屋では酒は飲めない。食べ放題のメニューそのものの量が平均の2割増しの量がある。コロッケは長径17センチある。とんぶりの並が吉野屋の大盛りの量と同じと考えていい。その、メニューが食べ放題なのだ。


貧しさゆえに食生活の細い学生が、暴飲暴食に走るのは無理がない。ちーからは常に10人前以上頼まれる。アイスクリーム20人前を平らげるのは萬正の日常の光景である。


萬正には地獄のおきてがある。食べ残しはその分の代金を払わなければならない。貧しい学生がその代金を払えるわけがない。したがって食べキルことが至上命題と化す。


まさに地獄絵図である。6人もの男が、注文しては食い、食らい、消化を浴するためにのみ、食らい、食べては吐き、と言うプロセスを繰り返す。無言である。あるものは、腹痛に顔をゆがめ、あるものは持参したたっぱに残り物をつめる。あるものは横になって苦痛を鎮める。これを地獄といわずして何が地獄なのだろうか?


しばらくは萬正に行きたくなくなる経験だ。しかし、その苦痛すらも快感とかす。誰もが地獄のプロセスを夢見るようになる。


萬正は「食べ放題重視」という新しいコンセプトを、消費者に提案したパイオニアスピリットあふれる居酒屋なのだ。


あなたも京都にいる、もしくはくるなら、萬正に行くべきだ。その経験はきっと楽しいものになるだろう。