―041027網経論レポート1


■―〔1〕デコンストラクションの具体的なプロセス(ブリタニカ社の場合)

デコンストラクションとは「根本的かつ徹底的なビジネスモデルの破壊」という意味で、経営学では使用される。ビジネスモデルは永遠に存在するものではない。数年のスパンで「徹底的に」崩壊されることもありうる。たとえば、百科辞典業界は、ほぼ消失してしまった。

ブリタニカ社は百科事典を取り扱う「老舗」である。当社は百科事典のシェアのほとんどを握っていた。また、百科辞典は利益率が高いため、安定した収益を収められた。 

この、要因は主に3つある。第一に、ブリタニカには明確な強みがあった。「一流の執筆陣が書いている」ことである。例えば、アインシュタインケネディなどがそれぞれの専門分野の記事を執筆している。第二に「知的なシンボルを求める中流階級のニーズの存在」、彼らには「一流の執筆陣の書いている」ブリタニカ百科事典は期待できる商品だった。第三に、「優秀な営業部隊の存在、育成」である。セールスマンは優秀なものが集められ、歩合給でやる気を出させ、彼らのほとんどは高給を得ていた。

このように、ブリタニカ百科事典は、その商品の質、安定している(はずであった)ニーズ、商品を売り込む優秀な営業部隊の存在の三点の理由のため、百科事典業界のシェアのほとんどを握ることができた。

しかし、1980年代末、1990年代初に状況が一変する。ブリタニカは売れなくなった。毎年8、9割も売れなくなった。業界も縮小していった。優秀なセールスマンたちは転職を選んだ。このようにしてブリタニカ百科事典のデコンストラクションが発生したのである。経営者は誰も兆候に気づかなかった。あるいは無視していた。

その要因は、状況が一変したからである。それは、ネットワークの普及である。高価な百科事典を購入せずとも、必要な情報を必要なときに取得できるようになった。そこで、ブリタニカの顧客は、ブリタニカと同じ値段のパソコンを購入した。税金の計算ができて便利だったためだ。不幸なことに「エンカルタ」というチープな百科辞典ソフトがついていたため、消費者は重いブリタニカを開かなくても必要な情報を入手できるようになった。このため、消費者はブリタニカを買わなくなった。ここで市場が一変する。デコンストラクションが起こった。百科辞典業界は大幅に規模を縮小した。

このようにブリタニカ百科辞典デコンストラクションの過程は進行した。重要なことは「ブランド」に胡坐をかき、デコンストラクション要因を見逃す、あるいは無視する事で深刻な結末を迎えることがありうるということである。



■―〔2〕ブリタニカ社が見抜けなかったデコンストラクション要因

 ブリタニカの経営陣は2つ、デコンストラクションの要因を見逃した。「メディアの変質」と「情報への消費者の態度の変質」である。

 第一に、ブリタニカの経営陣は「メディアの変質」を見逃した。80年代末、90年代初頭にかけて、アメリカではパソコンが普及した。パソコン通信も普及した。90年代初頭にはインターネットが登場した。これらのネットワークは「消費者の欲しい情報を、いつでも安価に取得できる」メディアの登場を意味する。

また、それまでのメディアは生産者から消費者に一方的に伝達する経路が主な経路だったが、ネットワークの普及により、消費者も情報の発信ができるようになった。

これらのことは百科事典に大きな影響を与えた。ネットワークでは、洗練されていない記事には反論がつき、修正を繰り返すことでだんだんと洗練された記事に進化していくのである。一方ブリタニカの14版から15版への改定作業に要した時間は15年間である。

このように、メディアは「一方的なメディア」から「双方向的なメディア」への過渡期にあった。
 
 メディアが変質していくにつれて、情報への消費者の態度も変質していく。メディアとは情報の媒体であるからだ。これがブリタニカのデコンストラクション要因の第二点目である。

 消費者が、本当に必要としているのは、簡単に安価に手に入れられる情報であった。これは必ずしも一流の執筆陣によって書かれた情報である必要はない。ある程度のレベルの情報はたとえば「エンカルタ」などの初期のコンピュータ百科事典にも載っている。実際、それで消費者には事足りたのである。

ブリタニカを買っていた人たちは、「一流の執筆人の書いた情報」が欲しかったわけではない。それが示す「格」、「知的なシンボル」を求めていたのである。しかし、情報が安易に手に入るようにメディアが変質すると、情報源の「格」より、実用性を求めだしたのである。より実用的なのはPCやネットワークのほうだ。圧倒的に早い。

 このために、ブリタニカを買っていた「教育熱心な中流階級層」はブリタニカを買わなくなった。わざわざ重く、高価なブリタニカ百科事典を買わなくても必要な情報がある程度手に入るようになったのである。
 
 この二点の要因を見逃したため、ブリタニカ社は減益し、また百科辞典業界は規模を縮小せざるを得なかった。


fin

http://www.ritsumei.ac.jp/kic/%7Ehosoik/course/class2/2004/