―041026〜網倫論レポート

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提出日:不明
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人形の著作権行使と権利の濫用
[著作権]コンテンツ流通の課題点: Tomo’s HotLine
http://copy_and_copyright.at.infoseek.co.jp/opinions/toshokanzassi01.html
http://tsuruaki.cocolog-nifty.com/tsuruaki/2004/03/post_16.html
http://arai.rumic.gr.jp/tms/19991231.html


シノプシス
はじめに

当レポートは二章構成である。■①章で、情報倫理学の概観と位置づけを示す。ここでは倫理学の定義から始めて、応用倫理学の中の一部門としての情報倫理学という位置づけを明らかにする。次に、情報倫理学とコンピュータ倫理学の差異と共通点を明らかにする。
■②章では知的財産の特に著作権についての問題を考察する。著作権の定義を明らかにした上で、現在の問題点、それについての解決策を考察する。
以上を以って、後期ネットワーク倫理論の講義や本やネットで学んだことのアウトプットを図ろうと考えている。
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■①情報倫理学の概観

▼1:倫理学と応用倫理学

まず、第一に、倫理学とは倫理についての学問である。倫理とは、ある集団の中で共有されている「〜〜をするべきだ、するべきでない」というものの総体である。
一方、応用倫理学とは現実社会の様々なテーマに対して、万人が最終的に同意できる規範を効率的に導くための学問。その上で、さらには倫理システムの設計を目指す学問である。
このため、倫理学と応用倫理学は、前者はすでにある倫理を分析するものに対して、応用倫理学は、倫理学の知見の上で、この問題のためにはどのような倫理が望ましいか、議論する学問であるといえる。

▼2:応用倫理学の中の情報倫理学

情報倫理学は情報のもたらすさまざまな問題についての倫理を考える学問である。したがって情報倫理学は、応用倫理学の一部分である。その上で、「情報の倫理学」では、情報化時代たる現在、情報はさまざまなものに関連しているため、応用倫理学の基本学として情報倫理学を位置づけている。

▼3:情報倫理学とコンピュータ倫理論の差異

情報倫理学とコンピュータ倫理学については、概念上の差異があるものの、まったく異なるというわけではない。
まず、概念上の差異については、情報倫理学の扱う問題がコンピュータ倫理学より広範囲である。コンピュータ倫理学はコンピュータのかかわる問題を扱うのに対し、情報倫理学はメディア倫理なども取り扱う。メディア倫理にはコンピュータは関係が薄いから、情報倫理学の取り扱う範囲はコンピュータ倫理学より広範囲であるといえる。そのために概念上の差異がある、という考えである。
一方、両者はまったく異なっていることでもない。その理由は3点ある。
第一に、情報問題についてコンピュータの存在を前提にしないものは考えられない点。われわれの生活にコンピュータはほとんどかかわっている。おもちゃから家電製品、通信機器から航空機の管制まで、コンピュータがかかわっている。生活にほとんどコンピュータがかかわっているので、共同体のなかでのルールを扱う倫理について、コンピュータの存在を前提に考える必要がある、ということである。
第二に、過去の技術、情報論で欠落していたような新しい発見がコンピュータ技術の考察によって発見される可能性がある点。これは紺コンピュータは人類史上特殊な道具であることから来ている。
どこが特異か?それは以下の二点である。
コンピュータ技術はその応用可能性の広さにおいて、他の道具の追従を許さない。それは先述したとおり、おもちゃから家電、航空管制まで広く応用されている事実に基づく。
第二に、ソフトウェアは「間違って当然」なものである。これを可謬性があるという。工業倫理中、製品の過失は製造者の責任になる。設計者の用語に、「椅子は人が座るものではないことを考えろ」というものがあるように、である。PL法がそれを支持している。  
が、しかし、ソフトウェアにはPL法は適応されない。これは書籍と同じ考え方である。アメリ最高裁の判断によると、「書籍にかかれる内容には正しいかどうか判断できないもの、たとえば空想などもある。その上で書籍の内容まで責任を持つとすると、正しくないとされる内容、が書けなくなる。これは、表現の自由の権利が守られないということである。また、書き手が萎縮するために、書籍の流通も阻害される」というものである。情報内容の正しさを証明することは難しい。そのため、PL法も適応されない。言い換えると「ソフトウェアには、可謬性がある」、と判断されていることになる。
第三に、コンピュータを生み出した人間と、コンピュータの存在への歴史的・文化的な視点が重要な意味を持つと期待される点があげられる。この理由は第二点の理由と似る。今まで倫理学に、ここまで重大な問題を提出するような「道具」はなかったためである。
これら三点の理由により、コンピュータ倫理の分析が情報倫理学の研究の基礎ともなりうるので、情報倫理学とコンピュータ倫理学の範囲はある程度重なるのである。




■②「知的財産」について本論


■主張の要約
主張は二点ある。
第一に、「著作権の行き過ぎた主張はおかしい」
第二に、「一方で著作権の目的を守るような倫理が必要である」である。


■情報倫理学中の位置づけ
著作権法の定義によると
著作権法第一章 総則 第一節 通則 第二条 一項 一号
『定義』 著作物 思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう。
である。

文芸、学術など、著作権法が擁護する範疇は「情報」の分類の一部である。情報のもたらす諸問題の解決するための倫理を考える学問が情報倫理学だから、著作権法の範疇を情報倫理学が考えるべき問題のひとつであるといえる。



■現状、実例

著作権法とは、「知的財産」の法的根拠のひとつである。その理由を述べる。
元来、「知」とは公共財的な性質を持つ。言い換えると所有するべきものではない。なぜならば、知見、情報は、誰かが使用しても、もともとの情報はなくならない。複製を繰り返し残るものである。そのため、広範に消費しうるものである。このような性質の財を公共財という。空気や水、安全といったものである。
知は広範に、誰でも利用できる上に、もともとの知や情報はなくならない。この性質により、「知」は財産とはなりえない。すなわち他人に使用させない権利である私的所有を許さない、ということである。
一方で「知」が財産になりえないならば、知を生み出すことで生計を立てることができない。そのために、知を生み出すような職業が成り立たなくなる恐れがある。そのために、文化の発展が阻害される。こうした懸念を解消するために著作権法や、一般倫理下の「私は知識を持っている」という表現が許されているのである。
以上のように著作権法は、知的財産の根拠法である。また、著作権法には文化の発展を促す目的がある。
一方で、著作権については以下のような問題がある。
第一に、著作権の過剰な権利行使の問題
第二に、一方で著作権の目的を守るような倫理の不在、の問題。
この問題を権利関係者のバランスをとったうえで解消するために、「著作権を主張する場合にはサイトポリシーのような倫理基準を表明する」、その倫理基準が正しいかどうか検証する第三者がいて、第三者の検証を通じていくつかの倫理基準を著作権保有者が選択する、というシステムが必要であるということだ。これから、それぞれについて記述したい。

著作権の過剰な権利行使

著作権の過剰な権利行使の問題とは、著作権請求の権利がないことに対して権利を行使するような問題である。
著作権は元来、文化の発展を促す側面があるにもかかわらず、著作権を過剰に行使することで、著作者が萎縮し文化活動が低調になるとするならば、当初の目的が達成されないため、長期的に見て著作権の過剰行使には問題があるといえる。
著作権の過剰な権利行使の問題の例として、キューピー事件をあげる。(参照URL http://www.u-pat.com/body05.html)当時件の判決は、人形についての著作権者であることを主張する原告、北川和夫が、長年、商標、会社名としても「キューピー」の名前を使用してきている被告、キューピー株式会社に対し、著作権侵害に基く差止め請求と損害賠償請求をした事件である。
この事件で特筆すべき事項は、「著作権の過剰行使について言及した」ためである。原告がキューピー人形の著作権アメリカの財団から譲渡されたのは平成10年であるが、キューピー株式会社はそれ以前から商標を使用している。原告が著作権保有していない時点からの損害賠償を請求するのは著作権の乱用である。という判断である。
また、著作権の過剰な権利行使は、著作権の当初の目的をかんがみても深刻性の高い問題であるといえる。
その上、現在では、ネットワーク社会が進展してきており、情報のコピーがたやすくお粉なれるようになっている。以前のようにコピーするために大掛かりな設備が必要であったりするような障壁は消滅している。このため、このような著作権の過剰は権利行使が行われる可能性は高いと考えられる。
このように著作権の過剰な権利行使は存在していて、深刻であると結論できる。


著作権の目的を守るような倫理の不在

一方で、著作権の目的を守るような倫理の不在という問題点もある。
たとえば、レポートのコピーペーストをどう発見して、どう防ぐか、という問題がある。実際コピーペーストされて作成されたレポートとそうでないレポートを判別することは難しい。これは安易に単位取得を可能にするし、コピーペーストしてレポートや論文を作成するほうがはるかに容易なので、「考えさせて知識を定着させたい」とする教員側の目的にも役立たず、発見が難しいことで大学教育では重大な問題であるといえる。
さらに、winnyなどのファイル共有ソフトを利用して、著作権のある音楽や映像コンテンツが流通していた問題はさらに深刻性が高い。なぜならば先述の深刻性に加えて、これらのコンテンツは有料の流通経路に沿って販売されていて、関係者の生活を成り立たせている。一方、消費者としては同じ品質ならば有料で手に入れるより無料で手に入れたほうがよい、という判断は合理的である。だから消費者はファイル共有ソフトを使用したがる。消費者が経済的に合理的であると考えるならば、コンテンツ産業は消滅するだろう。
この結果、著作権の目的は達成できないと考えられるので、著作権の目的を守るような倫理の不在は問題であると結論する。


■ 主張


私としては先述した二つの立場を前提に、意見を表明する。それは「「著作権を主張する場合にはサイトポリシーのような倫理基準を表明する」、その倫理基準が正しいかどうか検証する第三者がいて、第三者の検証を通じていくつかの倫理基準を著作権保有者が選択する、というシステムの必要があることである
ただし、先述した二つの立場とは、第一に、「著作権の行き過ぎた主張はおかしい」第二に、「一方で著作権の目的を守るような倫理が必要である」という立場のこととする。
著作権の過剰行使や、著作権の目的を守るような倫理の不在、というような問題の根本的な要因は、「他人が努力して作成した情報をなぜ守らねばならないか」ということが周知徹底していないという要因がある。著作権の過剰行使は、著作権の目的を知らず、自己利益の最大化を狙ったものである。また、winnyでのコンテンツ流通などは言うまでもない。
実際には、ほとんどの人は、「他人が努力して作成した情報を守らねばならない」ことを知っている。Winnyは匿名性が高かったから受けたのである。つまり匿名性を重視するユーザーが多かった、ということである。匿名性を重視する理由は名前が明らかにされるのを防がねばならない、とユーザーが考えているためである。したがって、名前が明らかにされるとまずいということは、著作権法に抵触し処罰されるのが怖かったためであるので、「他人が努力して作成した情報を守らねばならない」という倫理はほとんどの人が知っている、といえる。
以上を以って、著作権の過剰行使や、著作権の目的を守るような倫理の不在、の二つの問題は、知らない故の問題の二面である。
この問題と目的のバランスをとると、「著作権を主張する場合にはサイトポリシーのような倫理基準を表明する」、その倫理基準が正しいかどうか検証する第三者がいて、第三者の検証を通じていくつかの倫理基準を著作権保有者が選択する、というシステムがあれば解消されるだろう。
 その理由は、倫理基準の公表によって、権利関係の有無が明らかにされることがひとつある。誰にどの権利がよるのか、法律によって一元管理するのは難しいから現在著作権の議論が紛糾しているのである。法というのは社会の関係者の合意であるため、念書や示談書のように、当事者同士の知的財産の権利関係の合意書を作成するルールをあらかじめ決めておいてもいいのかもしれない。
 一方で、その倫理基準が適切かどうか、作成者に不当に権利が集中する場合は考えられるし、他者が倫理基準を策定する合意形成に参加できないという点で深刻である。
 そこで、第三者による倫理基準の検証が必要とされる。
最後に倫理基準は文化、宗教と密接な関係があるため、いくつもの倫理基準が必要である。それらを選び取れるようにすることで、これらの問題が解消される。

■結語
知的財産はわけのわからないものである。知的財産は情報である。情報には原子のような最小単位はない。(二進数で記述できるが、それが情報の最小単位ではない。)その知的財産の関する問題にどのような解決策があるか考えてみた。知識のなさを実感させられたので、興味を持たされた。
知的財産にまつわる権利関係の問題がどのように収束するかはわからないが、いずれ人間の意識がコピーペーストできるような時代が来るとすると、この問題は避けては通れない問題であると考えている。







③参考文献
現代社会の倫理を考え(15)情報の倫理学
* 作者: 水谷雅彦
* 出版社/メーカー: 丸善
* 発売日: 2003/09
* メディア: 単行本

人形の著作権行使と権利の濫用
http://www.u-pat.com/body05.html

Tomo’s HotLine: [著作権]コンテンツ流通の課題点
http://toremoro.tea-nifty.com/tomos_hotline/2004/08/post_1.html

企業内専門図書館が直面する文献複写問題
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tsuruaki:ITニュース: 見出しと著作権、読売敗訴
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著作権論4『ガイドライン構想』
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